他人から見たら小さなことでも本人から見たら大きなことってある。
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こんばんは。きゃんです。
今日は病院へ先週のMRIの結果を聞きに行って、結果問題なかったんですが、どうしても割り切れないことがあって久しぶりに泣いてしまいました。
結果がよかったこともあり、説明が終わって「今すぐ分かることでもないし、次はまた悪くなったときに来ればいいと思います」って言われたんです。最近疲れからか痺れもひどくなってたし、左手にこわばりを感じたりすることがあったので、私は不安だったんですよ。
そのことを伝えたら、まあ検査結果は問題ないし、大丈夫だからまた悪くなったらで大丈夫だよって言われてしまって、母もよかったじゃんって声かけてきたのがなんか私は割り切れなくて。正直また悪くなってからじゃ遅いんだよって思ってしまって。
医者から見たら私が感じている痺れやこわばりの症状は、診断基準の中では程度の低いものかもしれないし、母から見てもそれは前の炎症の後遺症だして付き合っていくしかない小さなことのように見えるのかも知れない。
だけど、痺れがあることが当たり前になってきて、慣れてきたと言っても日によって程度の差はあるし、日々自分の身体で体感している私からしたらその小さな変化は見逃せるものではないんですよね。痺れを感じてなかった頃の私からしたら、どんな小さな変化でも大きな変化に感じてしまうんです。(小さな変化を放っておいて1回目は入院したわけだしね笑)
他人の目からは見えない変化だからこそ、伝わらないのも分かる。後遺症だと思って付き合っていかなきゃいけないのも分かる。
ただ、今まで2回とも同じような炎症で入院してて、いまだに原因が分かっていなくて、不安な症状があってって状況で、結果だけみて心配しなくても大丈夫って言われても鵜呑みにできなかった。
診察が終わったあと、母から「よかったじゃん」って言われて、私は割り切れないよって言ってしまったんですよね。
なんかとても感情的になってたのを自分で感じたし、分かってくれないんだって思うと心を一気に閉ざしたくなって自然と泣いてしまったんです。
落ち着いてから、ここで心を閉じてしまったら今までの自分に戻ってしまうと思って、母には気持ちを伝えました。
と同時にきっと自分も今まで誰かにこんな風に接したことがあったんだと省みました。
他人から見たら小さなことに見えることでも、本人にとっては大きなことってきっとある。それは声にしていないからこそ、私たちには届かず小さく見えるものであって、きっと本人にとっては声にならないほどのものなんです。
今回私が諦めて心を閉ざしていれば、母に思いは伝わらなかったし、母が私に対して耳を傾けてくれたからこそ、私は素直に言葉にすることができたんですよね。
どちらの立場にもなりうるからこそ、そんなときは素直になれる人でいたいし、素直に耳を傾けられる人でありたいなと思います。
久しぶりに感情がぶわっと揺れ動いて、涙が止まらなくなったけど、こうして今ブログに綴ることで癒されているし、気づけることがあった。改めてブログの良さを噛み締めています!!!あーーーよかった、スッキリ!!!
自分に素直に、大切ですね!身体のこともちょっとナーバスになりすぎだなとも思うし、前向きに考えよ!!!
(明日は元気にお届けしたいな笑)
では!